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春雨

2005/3/21

 本の間から、数年前の写真が出てきた。かつて友達だと呼んでいた人たちが写っている。
 わたしが生きてきたここ数年間、少したりとも思い出さなかった人たちのことを、今更友達と呼んでもいいのか、わたしにはわからない。
 例えば夜の街、誰のためにあるのかわからないにぎやかで明るいああした光を高いところから眺めている時、他人の時間があることに気付いてしまう。
 わたしが思い出さなければ動かないと、そう思うことは確かに傲慢だとわかっているけれど。

 わたしが彼ら、彼女らを写真に閉じ込めていたように、彼女らもまた、わたしをどこか、ほこりのかぶる、静かなところに閉じ込めているのだろう。 思い出して欲しいとは言えないし思い出さなかったことを謝罪する気持ちも無いけれど、ただ、誰彼かまわず吹く風や、雨や雪、太陽に感謝する。 わたしの記憶に依らず降る雨は、わけ隔てなく区別なく誰のためでもなく、けれどもわたしも彼女らも等しく味わっている。 再会したなら言うだろう。あの日は暑い日だったね、と。

 今も、雨が降っている。